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Wikipediaは情報の削除を求める圧力にさらされて「攻撃を受けている」


一般人が信頼できる情報源を引用して記事を構築できるオンライン百科事典「Wikipedia」は、長らく正確かつ中立的な情報を掲載しようと努力してきたと伝えられています。そのようなWikipediaが、特定の組織や個人から情報を削除するよう圧力が加えられていて、ある種「攻撃されている」という状態であるとして、テクノロジーメディアのThe Vergeが問題点をまとめています。

How Wikipedia survives while the rest of the internet breaks | The Verge
https://www.theverge.com/cs/features/717322/wikipedia-attacks-neutrality-history-jimmy-wales

Wikipediaは、その誕生から数十年かけて、中立的視点、検証可能性の維持、独自研究の禁止という3つの核となるガイドラインと、「五本の柱」と呼ばれる基本原則を作り上げてきました。

Wikipediaの編集者は真実を確かめようとするのではなく、信頼できる情報源に引用されているかどうか、誤りがあった場合には訂正が出されているかどうかといったシグナルに注目して情報源の信頼性を評価します。そして、意見の対立があった場合は、誰が正しいかではなく、どの側の立場がウィキペディアの基本的な方針に合致するかを議論して合意形成を図ることでWikipediaというプロジェクトの精神を維持していると、The Vergeは紹介しています。


例えば、2025年1月20日のドナルド・トランプ大統領の就任式後の集会で、イーロン・マスク氏がナチス式敬礼に似たジェスチャーを行い、その後大衆が「イーロン・マスクがナチス式敬礼をした」と大騒ぎした一件があります。

この日、PickleG13という編集者が、Wikipediaにあるマスク氏のページにエルサレム・ポスト紙の記事を引用して「マスクはナチス式敬礼を行ったように見えた」という1文を追加し、PickleG13は「この論争は議論されるだろうが、マスクがヒトラー式敬礼を行った可能性があることは事実であり、そう報じられている」と記して追加の理由を説明しました。ところが2分後、別の編集者が「存命人物の伝記における不名誉な情報掲載に関するWikipediaの厳格な基準違反」を理由にこの記述を削除しました。

しかしPickleG13の指摘は正しく、その日の夜からマスク氏の行為をめぐる議論が世界中で発生。Wikipediaでも議論が始まり、明らかにナチス式敬礼だ、ただの手を振る動作だ、静止画で切り取ったからそう見えるだけだ、バラク・オバマ氏もナチス式敬礼をしているのに偏向メディアは指摘しない、といった多数の意見が寄せられる事態に。結果的に、当時は「1月20日にマスク氏が右腕を2回、上向きに群衆に向かって伸ばし、多くの人がそのジェスチャーをナチス式敬礼と比較したが、マスク氏はその動作に何の意味もなかったと否定した」という合意に達し、記述は再び追加されることになりました。わずか3文を追加するかを決めるために約7000語の審議が行われましたが、The Vergeは「これこそが、Wikipediaのプロセスが意図通りに機能した瞬間だった」と記しています。


Wikipediaは理論上誰でも編集できるため、特定の国家や組織が寄稿者を迫害することは難しく、寄付によって運営されているために政府からの資金提供を打ち切ることも広告主をボイコットすることもできません。さらに、Wikipediaは非常に人気が高く、AIによる不確かな情報が多数拡散されるようになった時代で「少なくとも中立性や検証可能性を維持しようとする努力が見られる」という点で有用であるため、厳しい検閲で知られる政府でさえWikipediaのブロックをためらってきました。

ところが、その代わりに洗練された検閲戦略を次々と展開するところがあるとThe Vergeは指摘しています。


その1つが、インドに拠点を置くニュースメディア「アジアン・ニュース・インターナショナル(ANI)」の件です。ANIはインド最大の通信社であり、Wikipediaでは「虚偽の反イスラム・親政府プロパガンダを推進してきた歴史がある」と指摘されているメディアですが、あるとき匿名の編集者がこの記述を削除しようと試みたことが確認されました。Wikipediaのルールを理解する経験豊富な編集者は「理由なしに削除された」として記述を復元しましたが、またもや匿名の編集者がYouTube動画を引用して「ANIはプロパガンダではなく非常に信頼できる」と修正。これを契機に編集合戦が激化したため、編集者はページをロックし、ログイン済みで一定数の編集実績がある者のみが変更できるように変更。複数のIPアドレスによる集中攻撃は終息しました。

この件から2か月後、ANIはウィキメディア財団を提訴しました。訴訟により、編集に使われた複数のIPアドレスがANIの代表者によるもので、同社に不利な情報の削除を試みていたことが明らかになり、同社は「Wikipediaの記述は名誉毀損である」と主張して3人の編集者の身元開示を要求しました。ウィキメディア財団がこれを拒否すると、インドの裁判官は「政府にサイト遮断を要請する」と表明。さらに、この件の専用ページが作られ、当該ページ内に編集者の身元開示要求は検閲である」と記されたことに裁判官は「侮辱行為に等しい」と非難し、財団に対し36時間以内のページ削除を要求。財団はこれに従いました。

この訴訟は世界中の編集者に衝撃を与えたと伝えられています。編集者の匿名性を守るようウィキメディア財団に求める公開書簡には1300人以上が署名し、同財団宛ての書簡としては最多となったにもかかわらず、ウィキメディア財団が編集者の身元を裁判官に非公開で開示したたため、編集者の間では不満が爆発したとのこと。ウィキメディア財団は歴史的に検閲に対し強硬な姿勢を取ってきた団体であるため、上記は異例の対応だと指摘されています。The Vergeが取材したインド人編集者は「この迫害を受けて、多くの編集者が自身の身の安全を恐れてWikipediaを去っています」と話したとのことです。


また、ウィキメディア財団に直接的な圧力がかけられないため、一種のグレーゾーンの情報戦も繰り広げられているとThe Vergeは指摘しています。例えば、2019年に中国政府が香港国家安全法への抗議活動を鎮圧した後、中国本土の編集者たちは抗議活動を「暴動」や「テロ攻撃」と表現する政府寄りのメディア記事の掲載を主張。オフラインでの共謀や偽アカウント利用によって他の編集者のIPアドレスを閲覧する権限を獲得し、権限を悪用して反対派の身元を警察に暴露する計画を議論しました。その後間もなく、ウィキメディア財団は中国本土から活動する十数名の編集者を禁止または制限し、プロジェクトが侵害され一部のユーザーが身体的危害を受けたと発表しました。

ロシア政府は、2022年のウクライナ侵攻後、軍に関する虚偽情報を掲載したとして財団に一連の罰金を科し、ウィキメディア・ロシアの代表は「外国エージェント」と見なされモスクワ国立大学の教授職を辞任させられました。隣国ベラルーシでは、編集者のマーク・バーンスタイン氏が親ロシア派グループに個人情報を暴露され、逮捕された後、3年間の自宅軟禁を言い渡されました。


このほか、AIを使って一見もっともらしく見える虚偽や偏向のある情報を追加している人々がおり、編集者の負担は増大しています。嫌がらせ、イデオロギー的な編集キャンペーン、政府による調査、訴訟などが続けて行われ、たとえそれらが何の影響も与えなかったとしても、こうした行為で編集作業の見通しは困難になり、現職編集者が燃え尽きてしまう可能性も高まるとThe Vergeは指摘。長年Wikipediaの編集に携わるレーン・ラズベリー氏は「これはWikipedia存亡の危機です」と語ったとのことです。

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in Posted by log1p_kr

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