サイエンス

記憶に視覚的要素が欠けており過去の出来事を心の中で「追体験」する能力が低い「SDAM(重度の自伝的記憶障害)」とは?「アファンタジア」との関連は?


心の中でイメージを思い浮かべられず、過去の記憶を映像のようにして振り返ることができない「アファンタジア」という状態にある人は、人口の約2~5%ほど存在するといわれています。自身をアファンタジアだと認めるマルコ・ジャンコッティ氏は、アファンタジアに加えて個人的な体験を一人称視点で鮮明に思い出すことができないという「重度の自伝的記憶障害(SDAM)」、あるいはそれに近い症状を患っていると公表し、SDAMが具体的にどのような結果をもたらすのかについて紹介しました。

I Do Not Remember My Life and It's Fine - Aether Mug
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SDAMは2015年に定義された障害で、十分な理解が進んでいませんが、アファンタジアと深い関連があるという証拠がいくつか確認されています。SDAMの患者の約半数はアファンタジアも併発していると報告しており、心の中でイメージを形成できないことに加え、過去の出来事を思い出すことが難しいと感じているそうです。

ジャンコッティ氏は「頭の中でイメージや音、その他の感覚を形成することができない」というアファンタジアの症状を抱えていますが、これに加えて過去の出来事を精神的に追体験する能力が極めて低いといいます。


例えば、ジャンコッティ氏が仕事を探していたとき、書類選考のアンケートで「大学在学中に困難な問題に直面したときのエピソードについて書いてください」という項目があったそうですが、大学時代に多くの研究プロジェクトに携わり、さまざまな問題に直面したはずのジャンコッティ氏は、「研究プロジェクトに携わった」などの事実は思い出せても、自身が経験したはずのエピソードについてはひとつも思い出せなかったそうです。

ジャンコッティ氏の祖父が亡くなったときも同じでした。ジャンコッティ氏は祖父について思い出せる限りのことを書き記そうとしましたが、「祖父は陽気だった」「よく石窯でパンやピザを一緒に作ってくれた」という出来事は思い出せたものの、祖父とどんな会話をしたのか、ピザを作った時に具体的に何があったのかなど、情景が一切浮かびませんでした。

ジャンコッティ氏は「私が書いたものには、具体的な発言はもちろんのこと、連続した出来事や具体的な会話はどこにもありませんでした。祖父についてはそれなりに書くことができたものの、起こったことについて首尾一貫したまとめを作るには、推測に頼らざるを得ませんでした」と記しています。


人間には、「意味記憶」と「エピソード記憶」という記憶の種類があるといわれています。意味記憶は「知識」とも言い換えられ、1+1は2であるといった情報や、太陽は東から上るといった情報など、辞書から得たような記憶のことを指します。一方でエピソード記憶は自身が体験した出来事と、その時間や場所、感情などを指すものです。

ジャンコッティ氏は、自身には「エピソード記憶」が欠けているようだと指摘しています。例えば、子ども時代はどうだったか、20代は楽しかったかと聞かれても、ジャンコッティ氏は「そう思う」としか答えられません。確信がないのではなく、子ども時代にどう思ったかを覚えていないからです。他の人であれば子ども時代に起こったエピソードを思い浮かべて答えるところ、ジャンコッティ氏には「素晴らしい!」と思った瞬間のフラッシュバックもなければ、悲しかった瞬間のフラッシュバックもないそうです。


ただし、この点は現実的に大きな影響を及ぼすことはないといいます。必要であれば他の人が記憶を呼び戻すのを手伝ってくれますし、最も重要な情報はエピソードではなく事実として覚えているためです。

加えて、ジャンコッティ氏は自身の「空間記憶」の能力が強く、意味記憶とあわせてエピソード記憶の抜け落ちを補っているとも考察しています。例えば、ジャンコッティ氏は物心ついたときから地図に強く、紙の地図を頼りに蛇行する脇道を家族に案内するのが大好きでした。この能力により、10年以上前に住んでいた町を再訪したときに道を正確に思い出したり、30年以上昔に住んだことのある家、数日過ごしただけの家でも間取りを正しく描いたりすることができるとのことです。

他にも、ジャンコッティ氏が妻から「以前住んでいた町でよく行ったFlavor Savorのハンバーガーが懐かしい」というエピソードを聞いてもFlavor Savorについては全く思い出せないのに、「駅前のXYZビルの最終階にあるよ」という空間的な情報を付け加えれば一発で思い出し、Flavor Savorへの行き方、過去に何回くらい訪れたのか、どんな味だったのかを思い出せる、といった話をジャンコッティ氏は紹介しています。


ジャンコッティ氏は恵まれた環境で育ったと自認しているため、このような状態は解離性健忘やトラウマによる忘却によって引き起こされたものではないとしています。

ジャンコッティ氏は、アファンタジアの人がエピソード記憶を形成する際の神経活動について調べた研究の「新しいエピソード記憶を形成するときの神経活動には、それを検索するときとは根本的な違いがある。アファンタジアは、注意や、記憶の更新に関連する脳波のレベルが低いことがわかった。このような神経の違いにもかかわらず、行動パフォーマンスは他の人と同等であり、何らかの補償が行われている可能性を示している」という考察を引用し、「記憶の使い方が著しく劣っているのではなく、記憶の使い方が違うだけなのです」と指摘しました。

ジャンコッティ氏はまた、「記憶にエピソードや懐かしいフラッシュバックがないとしても、私の人生に登場する人々は私の心の中に実際には存在しないとか、忘れてしまった経験は私に何も教えてくれないということではありません。説明するのは難しいですが、重要なことは、たとえ具体的な瞬間を思い出すことができなくても私の中に残っているのです。私の経験はそのまま知恵になります。確かにマイナス面もあり、自分の状態を嘆く多くのSDAM患者の気持ちも理解できますが、回想やフラッシュバック、起こりうる未来の生々しいビジョンがなくなることで、私は今に集中し、明日をより良くするために今できることに集中できるという利点もあります」と述べました。

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in サイエンス, Posted by log1p_kr

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