125年越しに解決したかもしれない「ヒルベルトの第6問題」とは?

2025年3月に、シカゴ大学の数学者であるユー・デン氏、ザハー・ハニ氏、シャオ・マ氏が、流体力学において「ヒルベルトの第6問題」を解決したとする論文を未査読論文リポジトリのarXivに掲載しました。論文は記事作成時点で査読中の状態ですが、このヒルベルトの第6問題が本当に解決したとすれば、物理学が大きく進化する可能性を秘めているといわれています。
[2503.01800] Hilbert's sixth problem: derivation of fluid equations via Boltzmann's kinetic theory
https://arxiv.org/abs/2503.01800
Mathematicians just solved a 125-year-old problem, uniting 3 theories in physics | Live Science
https://www.livescience.com/physics-mathematics/mathematics/mathematicians-just-solved-a-125-year-old-problem-uniting-3-theories-in-physics
ヒルベルトの第6問題とは、ドイツの数学者であるダーフィト・ヒルベルトが1900年に開催された第2回国際数学者会議の講演で提示した問題の1つで、「物理学の公理の数学的取り扱い」というものです。
ヒルベルトは23種類の問題をまとめた(PDFファイル)レポートを1902年に発表しました。その中で「数学が重要な役割を果たしている物理科学を、公理の手段により同様の方法で扱うこと。その中でも特に、確率論と力学が最初に挙げられる。(中略)もし幾何学が物理学の公理の取り扱いのモデルとして役立つならば、まず少数の公理によって物理現象のできるだけ広いクラスを含めるよう試み、次に新しい公理を徐々に追加することで、より特殊な理論に到達することになるだろう」と述べています。

物理学は、簡単にいえば「自然界の事象を解明する学問」です。しかし、その解明方法や前提が人によって違ったり、あいまいだったりすることがあります。たとえば、木から落ちるリンゴの速さを計算する時、「空気抵抗は無視する」「リンゴは完全な球体とする」といった前提を明確にしなければ、人によって答えが異なります。
一方、数学は抽象化した上で厳密な定義と論理的な証明の積み重ねを行い、前提や定義の範囲などをしっかりと定める学問です。公理と呼ばれる最も基本的な前提からスタートし、さまざまな定理を演繹的に導き出し、より複雑な命題を解き明かします。
ヒルベルトは、物理学もこのような数学の厳密さを取り入れて、「重さとは何か」「エネルギーとは正確に何か」などの基本概念を厳密に定義し、そこから論理的に理論を組み立てていくべきだと、この第6問題で提案しました。

たとえば、私たちのまわりにある空気や水などの流体は、非常に小さな粒子でできています。個々の粒子の運動はニュートン力学に従い、位置と質量と速度が分かればどの瞬間にどこにいるのかをシンプルに計算できます。
一方、粒子全体、すなわち流体の運動はナビエ–ストークス方程式などの非線形の運動方程式で表わされ、ニュートンの運動方程式とは全く異なります。そもそも流体力学は連続体という概念を仮定した上で成り立っており、この仮定はニュートン力学から証明されていません。
特にニュートン力学と流体力学で異なるのが「時間の可逆性」です。粒子のミクロな物理法則は時間可逆、つまり時間を逆向きに進めても法則が成り立つのに対し、流体全体というマクロの世界では時間不可逆、すなわち時間を逆向きに進めると方程式が成り立たなくなってしまいます。要するに、ニュートン力学と流体力学は同じ物理学でも異なる前提で研究されている分野といえます。
ヒルベルトの第6問題は流体力学に対して、「ニュートン力学に従う粒子の運動から流体全体の運動法則を、数学的な厳密さを伴って導出できるか」ということを問うています。デン氏らはこれを解決するため、粒子の統計的な振る舞いを示すボルツマン方程式をニュートン力学から数学的に厳密に導出しました。
流体の中では無数の粒子が何度も衝突を繰り返します。ボルツマン方程式を数学的に厳密に導出するためには、粒子の衝突を1つ1つ追跡する必要がありますが、無限回の衝突が起こると計算が終わらなくなります。通常の空間であれば衝突回数が有限であることはすでに証明されているのですが、一部の空間では同じ粒子同士が何度も衝突する可能性があり、確率の評価が非常に難しくなるため、これまではごく短い時間についてしか導出できませんでした。

そこで、デン氏らは時間的に十分離れた2つの衝突を結ぶという「長い結び(long bond)」という概念を提唱し、同じ粒子同士の複数回の衝突を効果的に分析することを可能にしています。また、「層状クラスター森(layered cluster forest)構造」、「分子(molecule)」といった数学的概念も導入することで、「任意の長い時間」に対応した上でボルツマン方程式をより厳密に導出することに成功したとデン氏らは主張しています。
そして、粒子の分布を示すボルツマン方程式を導出できたことで、密度や運動量、エネルギーなどを数学的に定義した上で、デン氏らはオイラー方程式やナビエ–ストークス方程式を導出することに成功したと論じました。

by Dan Updegrove
今回の論文について、デン氏らは「時間可逆的なミクロなニュートン力学から、時間非可逆なボルツマン方程式を導き出すことで、時間の非可逆性がどこで生まれるのかを明らかにすることが根本的な意義である」と述べています。また、流体力学で使われる方程式が数学的に厳密になることで、気象予測や航空機設計などのシミュレーションの信頼性が向上する可能性もあります。
論文は記事作成時点で査読中の状態ですが、正式に解決が認められれば物理学でも数学でも大きな一歩となります。ただし、一部の専門家からは「重大な欠陥が存在する」という指摘もあり、慎重な姿勢が求められています。
[2504.06297] Comment on "Hilbert's Sixth Problem: Derivation of Fluid Equations via Boltzmann's Kinetic Theory" by Deng, Hani, and Ma
https://arxiv.org/abs/2504.06297
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in サイエンス, Posted by log1i_yk
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